1978年から永らく応急処置の王道だったRICE処置。
30年以上定番だったものが近年、PRICEを経てPOLICEと目まぐるしく変化してきました。
そこらへんの歴史は以前BLOGにしてます。
おもしろいのでご興味あったらぜひお読みください。
で、最新は「PEACE&LOVE」処置です。
応急処置界隈はやることリストの頭文字を並べるのがお作法です。
RICEは4文字、PRICEは5文字、POLICEは6文字だったところで一気に9文字になりました。
手順が年を追って複雑になってます。
PEACE&LOVE処置とは?
楽しく論文を読みたいのでSTORYから埋めていきましょう。
この処置を提唱したのはカナダのブレーズ・デュボワさん。
陸上競技のカナダ代表のメディカルスタッフを努めたこともある優秀な理学療法士で、ランニング選手のケアの第一人者とされその分野の研究を多数発表されています。
医療従事者向けの研修、教育を行う世界的な機関ランニング・クリニックの創設者でもあるそうです。
こういった有名な論文の著者が博士や教授じゃないの珍しいです。
学問の道で頂点に至る前に教育機関を立ち上げ成功している。
実利を重んじる、才覚豊かな人なイメージです。
この方が2019年に発表したのがPEACE&LOVEです。
論文タイトルが「Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE」。
POLICE処置の論文タイトルが「PRICE needs updating, should we call the POLICE?」だったんですがこの手の論文はダブルミーニングぽいこじゃれたタイトルにするの流行ってんですかね?
まずこのPEACE&LOVE、今までのPOLICEやらが受傷直後の応急処置の手順だったのに対し、受傷直後はPEACE、その後の回復期はLOVEと、包括的な手順となっています。
急性期のPEACE
Protection(保護)
テーピングやサポーター等で患部に負担がかからないように保護します。
この保護には受傷直後の短期間の安静も含まれます。
Elevation(挙上)
患部を心臓よりも高くあげます。まぁ定番ですね。
Avoid anti-inflammatories(抗炎症薬の使用を避ける)
出た。今回ので1番風向きが変わったところです。
炎症も治癒過程の1つだから抑えると回復がかえって遅れてしまう。
炎症反応を抑える抗炎症薬やアイシングはやめましょうという考え方です。
Compression(圧迫)
これも定番。腫れを抑えるため包帯などで患部を圧迫します。
Education(教育)
これも今回が初です。
患者さんにいまのケガの状態や、早く回復するには何をしたら良いかを伝え、過剰な診察や薬、受動的な治療を避けましょう。
個人的にこれが入ってるのは好きだな。
回復期のLOVE
Load(荷重)
安静にしすぎず、可能な限り早い段階での荷重が推奨されています。
リハビリ期間の短縮にも有利ですし、荷重の刺激がケガの回復を促進させることも分かっています。
Optimism(楽観思考)
深刻に考えすぎず、ポジティブにケガと向き合いましょう。
までは分かるんですが、楽観思考は実際のケガの回復速度や、慢性化のリスクを減らす?そうです。
後で調べてみよ。
Vascularisation(血流を増やす)
痛くない程度の有酸素運動で損傷組織の血流量を増やし回復を早めます。
Exercise(運動)
回復後の日常生活も考えて筋力や関節の可動域、神経伝達のトレーニングを治りきる前から始めよう!って感じです。
PEACE&LOVEを考察する
だいぶ今日的になった印象です。
ケガをした直後は損傷部に負担がかからないように保護、これはPOLICEから変わらないですね。
鎮痛剤の使用禁止はだいぶ尖ってますねー。
ケガをした直後の炎症反応の1つに、壊れた筋細胞をマクロファージが貪食することが含まれるそうです。
炎症反応を抑えてしまうと壊れた筋細胞の消失が遅れて筋肉の再生が遅れてしまうので、抑えずに回復を早めましょう、とのこと。
推奨される応急処置からアイシングも同じ理由で外れました。
ただ炎症が起きることの悪影響ももちろんあるんですよね。
炎症が起こると、身体は炎症が起こったところに「鎮まりたまえ!」という信号を神経を通じて送ります。
その時に「鎮まりたまえ信号」がついでに周りの損傷していない筋肉も鎮めてしまい、筋出力が低下してしまう関節因性筋抑制(Arthrogenic muscle inhibition;AMI)という現象が起こります。
結果、ケガをして炎症を起こすと周囲の筋力の低下してしまいます。
回復を早めるために炎症反応を抑制しない場合もあるし、筋力低下を嫌ってアイシングや鎮痛剤を使ったっていい。
回復速度と筋力低下がトレードオフであるなら、鎮痛剤もアイシングも選択肢にあげても良いのかなと個人的には思います。
で、炎症反応には発赤、熱感、腫脹、疼痛、機能障害という5つの特徴があるのですが、AMIを特に誘発するのは腫脹、腫れです。
挙上と圧迫は実際どのくらい腫れを抑えられるかはエビデンス不足であまり分かっていませんが、まだ残っているのは少しでも腫れを抑えたいからなのかな?
教育は、個人的にも力を入れているところです。
この後のLOVE処置で詳しく触れますが、固定して安静にしているとケガの回復は遅くなります。
昔のように先生にお任せで治す時代ではないです。
今の身体の状態を患者さんに知ってもらって、何をしたら早く治るか、患者さんの生活の中にどう取り入れていくかを一緒に探して実践することが回復のために大切だと思います。
回復期の方。
荷重、血流を増やす、運動はほぼワンセットで考えていいかと思います。
可能なかぎり早くから患部に体重をかけ、痛みのない範囲でできるだけ普通に生活する。
アスリートであれば競技の復帰も考えてスポーツの特性に合ったリハビリも取り入れる。
楽観思考に関して調べてみたんですが、元論文が難しすぎてさっぱりわかりませんでした。
足首の捻挫を対象にしてるんですが、炎症反応の「発赤、熱感、腫脹、疼痛、機能障害」のうち疼痛と機能障害が残る患者さんが多かったので色々調べてみたそうです。
アンケートの結果うつ病の人や自己肯定感の低い人は痛みと機能障害が残りやすい、となったそうです。
研究デザインがペインスケール(今の痛みは1〜10のうちどのくらい?)みたいな主観的なものを二変量解析と多変量解析で解析したそうですが、統計学の知識が足りなすぎて理解できませんでした。学んできます。
これからの応急処置
PEACE&LOVEはこんな感じです。
POLICEのOptimal Loading(最適な負荷)からですが、定型的に決まったことをするのではなく、臨床家が臨機応変に対応しよう、という流れがさらに加速していますね。
どのくらいの強度で患部を保護するのか?どの時期から荷重を許すのか?リハビリの開始時期は?運動の復帰はいつにするのか?
誰一人として全く同じケガの人はいないし、生活環境もさまざま。
人によって治療方法は変わって然るべき。
治療にあたる臨床家の裁量によるところが増えたぶん、今まで以上に知識と経験、アスリートが対象なら競技への理解度など、高いレベルで求められることになります。
臨床家一人ひとりのさらなる研鑽が期待されるところです。
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