アルコール消毒の効果と、無い時の代替方法。

新型コロナウィルスの影響で消毒用のアルコールの品薄状態が続いています。うちの仕入元もアルコール消毒、それにマスクはずっと入荷待ち状態。
生産量は増やしているものの追いついていないのが現状のようです。

私の持っている柔道整復師も登録販売者もいちおう医療系資格。
資格取得のカリキュラムに公衆衛生学が含まれています。ウィルスや消毒について、再確認&アップデートがてら書いてみたいと思います。


勝利のためには敵を知ること。まずはウィルスについてです。

ウィルスってなにさ?


ウィルスとは、身体に入り込んで感染症を引き起こす病原微生物の1種です。

似たようなものに細菌がありますが、細菌は身体の中に入り込んでから自ら細胞分裂を繰り返し増殖し、ウィルスは細菌に比べとても小さいことと、自分では増殖できないので細胞に入り込んでから増殖する、という違いがあります。

ウィルスはエンベロープという脂質でできた膜に覆われているエンベロープウィルスと、膜を持たないノンエンベロープウィルスに分かれています。
エンベロープウィルスには、コロナウィルスや口唇ヘルペスの原因となるヘルペスウィルス。
ノンエンベロープウィルスにはノロウィルスなどが含まれています。

アルコール消毒の効果

さて、そんなウィルスにアルコールはどう効くのでしょうか。


まずは膜持ちのエンベロープウィルスに対して。
アルコールは脂質を分解する力が強いので脂質の膜を破壊し、ウィルス自体を不活化させます。
アルコールは効果を発揮する時間がとても短く、一般細菌やエンベロープウィルスは10秒程度で殺滅します。瞬コロです。

ノンエンベロープウィルスは膜がないので防御が弱そうな気がしますが、アルコール耐性が高いため不活化するまで、例えばノロウィルスだったら30秒~1分程度かかるそうです。

アルコール消毒は効果を発揮するまでの時間の差こそありますが、ほとんどのウィルス、細菌を殺滅できる優れた消毒方法です。

そんなアルコールでも歯が立たないのが芽胞です。
1部の細菌は増殖が難しい環境に置かれると、芽胞という硬い殻を形成し中に引きこもります。100度で煮沸しても完全に殺滅できないやべーやつです。
有名なところではボツリヌス菌、破傷風菌がこれに当たります。
アルコール消毒ではこれらに効きません

アルコールの使い方



アルコールの効果についての報告は数多くありますが、ほとんどが濃度70~80%以上を想定しています。
報告通りの効果を期待するのならばそれだけの濃度のものを使いましょう。
濃度が高いほど消毒の効果は上がりますが、100%近いと揮発も早くなるため十分な消毒の効果が得られなくなります。
また、消毒する場所が汚れていると汚れを拡げるだけで効果がありません。清潔な状態にしてから使用します。
消毒液を手に取り、完全に揮発するまで手指に擦り込みます。
揮発して乾燥する、というのもアルコール消毒の優れた点ですね。水が無い環境下でも問題なく使用できます。

まとめます

  • アルコール消毒はほとんどの細菌、ウィルスを殺滅する
  • 特にコロナウィルスを含むエンベローブウィルスにはこうかはばつぐんだ!
  • でも芽胞は無理
  • 濃度は70~80%のものを使う
  • 汚れていると効果なし。清潔にしてから使う。
  • 水がなくても簡単に使える

そんな優れた消毒方法であるアルコール。
ただし今はなかなか手に入りません。無いものはしょうがない。代替手段について考えてみます。

次亜塩素酸ナトリウム。物の消毒において最強。

まず、消毒をしたいのがテーブルや調理器具などの物の場合。
これは次亜塩素酸ナトリウム一択です。アルコールよりも強力な消毒で、細菌やウィルスはもちろん、アルコールでは歯が立たなかった芽胞にも効果があります
使用後の安全性も高く、調理器具などに使用した場合は残留した次亜塩素酸ナトリウムはタンパク質と反応して食塩になり、乾燥させると塩素ガスとなり蒸発します。
次亜塩素酸ナトリウムは最も残留物が少ない消毒薬です。

しかし強力な分取り扱いには注意が必要。酸性の物質と混ざると有毒ガスが発生します。塩酸などは特に危険ですが、食酢、クエン酸、炭酸などでも反応を起こすことがあるので台所周りの消毒は注意した方が良いかもしれません。
また、次亜塩素酸ナトリウムは強アルカリ性です。
アルカリ性は身体に良いイメージがありますが強アルカリ性は身体に悪いです。
タンパク質溶かします。人間も溶かします
次亜塩素酸ナトリウムが指先などに付いたとき、ずっとヌルヌルしているのはあなたの指先を溶かしているからです。気をつけましょう。
あとアルコールと同じで汚れていると効果が落ちます。消毒をする前にある程度下掃除が必要です。

空間除菌(除菌とは言ってない)


ポンと置くだけ空間除菌!とか、加湿器で消毒を空間除菌、という商品をよく見かけるようになりましたが、効果はよく分からないです。

除菌に使用する次亜塩素酸水、二酸化塩素などは食品添加物としては以前から使用されていたようですが、消毒薬に分類されていません。
それを拡散、または噴霧することによってどの程度ウィルスや細菌に作用するのか、また人体にどんな影響があるのかも検証されていません。

そもそも公衆衛生に除菌って言葉無いし
医療分野では滅菌、消毒、洗浄で、それぞれどこまで微生物を排除するのか明確に定義されています。
効果どうこうの前にスタートラインにすら立ってません。

手洗イノススメ

アルコールが無い場合の手指の消毒は、やはり手洗いをしっかり行うことです。
あっそ(察し)とか言わない。
手洗い、バカにしたもんじゃないですよ。
本気でお勧めしていきたいと思います。

手洗いに使う石鹸は界面活性剤です。
1つの分子内に水になじみやすい部分となじみにくい部分を持っていて、

  • 界面=異なる性質を持つもの同士の境界線を、
  • 活性=化学反応が起きやすい

状態にします。

界面活性剤にはウィルスや細菌を殺滅する効果はほとんどありません
1部の陽イオン界面活性剤は微生物を不活化させますが、陰イオン界面活性剤であるハンドソープにはできません。

だがしかし。水に濡れた環境では異物を強力に除去する能力を発揮します。

界面活性剤が水の中に入ると水になじみやすい部分は安定しますが、なじみにくい部分は周りの水分子と反発しあって不安定な状態になるため、水以外のものを見つけると移動して吸着します。
異物を囲んで水になじみにくい部分を内側に、なじみやすい部分を外側に膜状に吸着して安定した状態。これを吸着膜と言います。


水と油との界面を活性すると水と油が混ざり、濁った状態になります。乳化という化学反応です。水の中で油の細かい粒が吸着膜に包まれて浮いている状態です。

ペペロンチーノはお好きでしょうか?
材料はニンニクと鷹の爪だけのシンプルなパスタですが、素材の風味が立って実においしい。パスタの王様と言われることもあります。
上手に作ると大量の油を使っているはずなのに、口当たり良くベタつかず食べられます。
これは乳化の効果です。
フライパンでニンニクと鷹の爪を弱火でじっくりとソテーし、ニンニクの良い香りの立ったオイルにパスタの茹で汁を適量入れます。この時必ず茹で汁を使うこと。水分中に遊離したパスタのデンプン質が界面活性剤として働き、繋がりやすくしてくれます。
茹で上がったパスタをフライパンに移したら強火にし、激しくフライパンを揺すりながらソースと和えます。機械刺激で乳化が促進し、ただの茹で汁とオイルだったものが極上のソースへと昇華します。
乳化した状態だと水分=だ液になじみやすくなるので、口にオイルが残らず食べられます。
手指の洗浄の場合も同じです。皮脂などの油汚れを吸着膜で包んで浮かせ、水で流されやすくします。


水と固体の界面を活性させると分散という反応が起こります。
手に付いている目に見えないほど微細な固体の粒子の周りを吸着膜が包み、粒子を水で流れやすい状態にします。
細菌もウィルスも固体です。
芽胞も固体なので例外ではありません。全て手指から引き剥がされます。


手指がしっかりと泡に包まれている状態で洗ってください。
泡立っているのは起泡という化学反応の結果です。界面活性剤が水と周囲の気体の界面を活性させ泡を作っています。
この泡はいま手に付いている界面活性剤の洗浄力の目安になります。
たくさんの異物を包んで界面活性剤の余力が無いときは泡立ちが悪くなります。足してあげましょう。

このようなメカニズムで、界面活性剤は手指の異物を除去します。
界面活性剤は手指自体にも吸着膜を作ります。吸着膜同士は反発しあう性質があるので、1度吸着膜に包まれ除去されたウィルスや細菌がまた手に付くのを防ぐ、再汚染防止の効果もあります。


手にウィルスを付着させ、消毒薬やハンドソープで10秒間もみ洗いをして15秒間流水で流し、手に残留しているウィルスの量を測定するという実験では、何もつけず流水のみの手洗いで1/100ハンドソープを使えば1/1000程度までウィルスの数を減少させることが分かりました。
これはアルコール消毒と同じ程度の効果です。

手洗いは、アルコール消毒のように細菌やウィルスを殺すことはできませんが、優れた洗浄力によってアルコール消毒と同じ程度まで手指のウィルスを除去することが可能です。
芽胞まで除去できるのでより優れた消毒方法と言っても良いかもしれません。
十分にアルコール消毒の代替手段になり得ると思います。

気をつけなければならないことは殺滅するわけではないので手洗い後の廃液には細菌やウィルスが生きた状態でいること。
必ず流水で行いましょう。
手指の水分を拭き取る際は使いまわしのタオルは避け、新しいタオルかペーパータオルの使用が推奨されています。

手洗いまとめます

  • 洗浄とウィルスの除去を同時にできる
  • ウィルスを殺すことはできないが、除去する力はアルコール消毒と変わらない
  • なんなら芽胞まで除去できる
  • 流水で洗うこと
  • タオルは新しいのを使う

洗い残しやすい場所です。色が濃いところほど残しやすいです。
指の間は残りやすそうな気がしますが、意外と忘れられているのが指先親指の手背側
しっかり洗ってあげてください。
アルコール消毒の場合でも同じところが消毒できていない傾向にあります。

どうしてもアルコール消毒がしたい方へ

仕事の関係などでどうしても流水で手洗いができない、アルコール消毒じゃなきゃ困る、でも手に入らないという方。

前述のとおり、消毒用としてのアルコールは濃度70~80%が必要と考えられています。
が、インターネットや量販店などでたまに濃度の表記のないものや、溶剤として低濃度のアルコールしか入ってないものが売っていることがあります。
普通に考えれば誤認を狙ったインチキ商品なのですが、濃度次第では消毒として使えるかもしれません。

MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)などの細菌を対象に、希釈した消毒液での殺菌効果を計測したデータでは、80.4%の1.5倍希釈、つまり53.6%のアルコールでは原液と同等の殺菌効果が計測されました。
2倍希釈(40.2%)では1部の細菌に効果が無く、3倍希釈(26.8%)だと全ての細菌に殺菌効果を示さなかったそうです。
ただこの実験、対象が細菌だけだったんですよね。

ウィルスを対象にした実験もあるにはあって、エンベロープウィルスは種類により36%または45%で殺滅できたそうです。

ただこのデータ、たまたまネットで見つけたんですがおそらく大学院内で発表されたものっぽいので査読はされてないと思います。調査じたいはしっかりされているものだと思いますが、そんなこともあるんだねー、程度にお考えください。
リンクを貼っておくのでご興味あれば。

殺菌・抗ウイルス効果に及ぼすエタノール濃度の影響

まだまだコロナウィルスの感染拡大は収まらないと思いますし、マスクやアルコールなどの衛生資材が手に入りにくい状態は続くと思います。
ですが、工夫や心持ち次第で資材が無くても予防できることはたくさんあります。
不安に囚われ過ぎず、いまできることを確実にやることが大切だと思います。
大丈夫です。いつかは必ず終わります。

参考文献
大矢 勝:洗浄・洗剤の基本と仕組み:秀和システム.
森 功次.林 志直.野口 やよい.甲斐 明美.大江 香子.酒井 沙知.原 元宣.諸角 聖:Norovirusの代替指標としてFeline Calicivirusを用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討.感染症誌80:496~500,2006
白石 正.丘 龍祥.仲川 義人:エタノール,イソプロパノール,メタノール変性アルコール製剤に関する殺菌効力の検討.環境感染 Vol.13 no.2,1998.