腱板損傷は肩のインナーマッスルである腱板筋群を痛めてしまった状態です。
痛める原因は大きく分けて3種類。
1つ目は加齢によるもので、脆くなってしまった腱が何かの拍子に切れてしまったりします。
2つ目は外傷性のもので、転んで肩を直接ぶつけて痛めてしまったり、手をついた反力が肩まで伝わり痛めてしまうこともあります。
3つ目はオーバーユースによるものです。
野球やバレーボール、テニスなど肘が肩より上の位置で腕を振り抜く動作を含む競技のアスリートに起こります。
プロ野球選手が肩を故障して1軍離脱!なんて報道されているやつですね。
治療方法は、手術や注射、リハビリテーションによる保存治療などがあります。
損傷の程度や患者さんがどこまでの回復を望むのかを考え合わせて、どの方法にするのかを決めていきます。
接骨院では手術や注射はできないのでリハビリで回復を目指すのですが、実はこの腱板損傷のリハビリの最適解は未だ分かっていません。
腱板損傷のリハビリは一般的には腱板以外の肩関節周囲の筋肉や、肩関節の動きを補助する肩甲骨周りのストレッチやトレーニングが行われますが、どの筋肉を鍛えてどの筋肉を緩めるべきなのか、それがどのくらい回復に寄与するのかが具体的に分かっていませんでした。
論文を漁っていたらこの腱板損傷のリハビリのスタンダードを定めようとする研究がいくつか見つかりました。
こういう研究は臨床家にとって本当にありがたい。
リハビリの内容の前に、まずは腱板の構造から説明します。
腱板とは
腱板は棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つで構成されています。
4つとも肩甲骨から始まり、上の図のように上腕骨頭を囲むような形で上腕骨に付着します。
インナーマッスルと呼ばれる通り大きな筋肉の内側にある小さな筋肉で、小さい故大きな力を出すことはできませんが、肩関節の安定性を高める働きをします。
肩関節は身体の中で1番可動域の大きい関節で、広い可動域を確保するために関節自体の安定性は低いので、腱板などの軟部組織で安定性を高める構造になってます。
この腱板を痛めてしまった状態が腱板損傷です。
腱板のどこをどの程度痛めてしまったかで症状は変わりますが、構造的に一番痛めやすい棘上筋の場合は腕を挙げる動作が障害されます。
腱板はどこを痛めても肩関節の安定性は低下します。
リハビリテーション
このリハビリテーションには5つの目標が設定されています。
肩甲骨と頸部の緊張の緩和
肩甲骨周囲の筋肉を緩めて肩甲骨の可動性を確保し、活発な運動をしたときに肩甲骨が適正な位置にあるようにします。
対象の筋肉は小胸筋、僧帽筋の上部、肩甲挙筋。
上腕骨頭の中心ずれの修正
肩関節の動きを最適化するために上腕骨頭が正しい位置にあるようにします。
いわゆる巻き肩などを修正しろってことですね。
骨頭が正しい位置にあると損傷されていない腱板が肩関節の安定機能を発揮できるようになります。
肩関節、肩甲骨周囲の筋力強化
僧帽筋下部を強化して、肩甲骨の前傾を矯正し、前鋸筋の上部を強化して腕を前に挙げる際の肩甲骨の位置を最適に保ちます。
また、腕を挙げる運動での三角筋と小円筋の連動に重点を置き、損傷していない腱板を強化します。
腕を挙げた状態でのエクササイズ
仰向けに寝て腕を高くした状態でエクササイズを行うことで、肩甲上腕関節を安定させる筋肉を鍛えます。
この姿勢では、三角筋は健全な回旋筋腱板筋と相乗的に働き、腕を持ち上げることなく肩甲上腕関節の癒合に貢献します。
最初は水平な状態から、回復に併せて角度を変えていき最終的には立位でのリハビリテーションを目指します。
神経伝達系のリハビリ
腱板損傷になると神経は損傷されていないのに肩が全く挙がらなくなる偽麻痺という状態になることがあります。
痛みや肩関節の不安感のせいで肩を動かさなかったことが原因で、身体が覚えていた肩の運動プログラムがリセットされてしまったような状態なので、身体の動かし方を再教育しなければなりません。
このようなリハビリを行う場合は視覚的な効果が重要になってきます。
患者は自分の手の動きに集中し、肩の角度を気にしないように手に注目しながら動かすと効果的です。
結果
以上のリハビリテーションを実施したところ、治療の成功率は32%~96%だったそうです。
数字が大きくバラけているのは参照した研究によって結果が違ったから。
この研究は、600近い研究の中からエビデンスレベルの高い10個を抜き出し検証したものですが、統計学的に信頼できるデータでもこれだけバラけていました。
治療期間もだいぶ長くかかり、十分な効果が表れるには3ヶ月から5ヶ月くらい、もしくはそれ以上掛かりそうです。
腱板損傷は元から治りづらいので長くかかるのは仕方がありません。
リハビリだけでなく消炎剤や注射も併用したらもう少し早く回復する可能性もあります。
いま分かっている腱板損傷のリハビリでやるべきことをまとめます。
肩の周りの筋肉、特に小胸筋、僧帽筋の上部、肩甲挙筋の緊張を緩め、巻き肩などがあればそこも解消する。
三角筋の前部と小円筋のトレーニングは効果が高そう。
この2つの筋肉を狙って負荷をかけてあげられると回復や競技復帰は早くなるかもしれません。
肩をうまく動かせない場合は筋力だけでなく、神経伝達系のトラブルも考慮する。
こんなところでしょうか。
なんにせよ腱板損傷のリハビリのスタンダードを定めるにはまだまだ研究の数が足りていないようです。
最近の傾向の、腱に負担をかけて回復を促すような介入の研究もまだなされていないようですし、ランダム化比較試験の実施もまだのようです。
さらなる研究を楽しみに待ちたいと思います。
Shepet KH, Liechti DJ, Kuhn JE. Nonoperative treatment of chronic, massive irreparable rotator cuff tears: a systematic review with synthesis of a standardized rehabilitation protocol. J Shoulder Elbow Surg. 2021 Jun;30(6):1431-1444. doi: 10.1016/j.jse.2020.11.002. Epub 2020 Dec 1. PMID: 33276163.
Collin PG, Gain S, Nguyen Huu F, Lädermann A. Is rehabilitation effective in massive rotator cuff tears? Orthop Traumatol Surg Res. 2015 Jun;101(4 Suppl):S203-5. doi: 10.1016/j.otsr.2015.03.001. Epub 2015 Apr 15. PMID: 25890809.
Christensen BH, Andersen KS, Rasmussen S, Andreasen EL, Nielsen LM, Jensen SL. Enhanced function and quality of life following 5 months of exercise therapy for patients with irreparable rotator cuff tears – an intervention study. BMC Musculoskelet Disord. 2016 Jun 8;17:252. doi: 10.1186/s12891-016-1116-6. PMID: 27278468; PMCID: PMC4898474.