先日、運動ガチ勢の患者さんとお話していた時のこと。
運動前なので緩めすぎないようにストレッチしますね。
お願いします。
運動前はあまり伸ばしすぎない方が良いですよね?
そうですね。
筋出力が落ちると言われてますね。
運動仲間に試合前でもがっつりストレッチする人がいるんですよ。
んー。。
トレーナーの現場でも、しっかり緩めた方が動きやすいって人、確かにいますね。
と、いう会話があり、気になったので調べてみました。
今までの常識。スタティックストレッチがだめな理由
ストレッチをする時に伸ばした状態で呼吸を止めずにキープする、という伸ばし方が一般的かと思いますが、この伸ばし方を静的ストレッチ、またはスタティックストレッチと言います。筋肉の緊張を取ったり、可動範囲を拡げるためには効果的なのですが、この伸ばし方だと筋肉の出力が落ちてしまうことが確認されていました。
本研究の目的は,静的ストレッチングがジャンプ能力に及ぼす効果について,生理学面ならびに機能面の2つの側面から検討することである。〔対象〕対象は,健常学生20名であった。〔方法〕静的ストレッチング前後で,生理学面として伸張反射の潜時,機能面として等運動性筋力(60 deg/secと240 deg/sec),ジャンプ能力として垂直跳び,立ち幅跳びを計測した。〔結果〕各項目を静的ストレッチング前後で比較したところ,ストレッチング後に伸張反射発現までの潜時,60 deg/secの筋力,垂直跳び,立ち幅跳びは有意に低下していた。〔結語〕静的ストレッチングを行った後にジャンプ能力が低下した。
静的ストレッチングがジャンプ能力に及ぼす効果
この研究はジャンプをする時にメインで働く大腿の前の筋肉、大腿四頭筋を4種類の方法でストレッチし、ストレッチ前後の筋力を比べてみたよ、という研究です。
結果はこんな感じ。
ストレッチ前 | ストレッチ後 | 有意性 | |
垂直跳び(cm) | 56.3±8.1 | 54.9±7.5 | p=0.0009 |
立ち幅跳び(cm) | 222.8±25.9 | 218.1±24.0 | p=0.0003 |
筋肉の瞬発的な出力を測るのにジャンプ力を計測するのは信頼性が高い、とされていてよく採用されています。簡単に測れますしね。
明らかに筋肉の出力が落ちていることが分かります。
この研究では筋力低下の原因として、40%は筋肉自体の緊張の低下、60%は神経伝達の速度や反射の遅れを挙げています。
2000年代中盤から2010年頃にかけてこのことは広く知られるようになり、運動前にはスタティックストレッチは行わず、ラジオ体操のように瞬発的に伸ばす動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)か、反動をつけて伸ばすバリスティックストレッチが推奨されるようになりました。
部活やサークルなどで運動をされている方は知っている方も多いのではないでしょうか。
この情報、当時のうちの業界でもすごい早さで拡散されたんですよね。
それまで当たり前にウォームアップに組み込んでいたストレッチが実は意味がないどころかマイナスでしたってのは、かなりセンセーショナルだった記憶があります。
新しく分かったストレッチの効果
私もこれに則っていたのですが、もう10年前の研究。なにか新しい研究でも出ていないかといそいそと論文を漁ってきました。
で、興味深かったのがこの論文。
スタティックストレッチを単体で行うのではなくウォームアップルーチンの中に組み込み、ストレッチにかける時間を30秒、60秒、120秒でそれぞれの効果を比べてみたよ、という研究です。
ウォームアップルーチンとは有酸素運動、動的ストレッチ、スポーツ特有の運動だそうです。
スポーツ特有というと野球だとバットの素振り、ボクシングならシャドーボクシングなど実際の競技の内容により近い運動のことだと思います。
結果はやはり筋肉の出力の低下はみられたのですが、ストレッチの時間が60秒以上の場合は4.0~7.5%の出力の低下があったのですが、ストレッチの時間が60秒以下の場合は1~2%と極めて軽微な低下しか認められなかったそうです。
ただ、これはあくまでウォームアップルーチンに組み込んだ場合の話です。
スタティックストレッチ単体の場合、30秒でも筋力の低下があったという報告もありました。
スタティックストレッチのメリット
さて、そもそも運動の前にスタティックストレッチを取り入れるメリットはなんでしょうか。
ぱぱっと思いつくところでケガの予防、あとは関節可動範囲を拡げるといったところでしょうか。
運動前のスタティックストレッチはケガを予防するのか?に関してはまだよく分かっていないんですよね。。
研究の数自体はそこそこ多いのですが、効果があるとする意見と、効果なしとする意見と両方あるので、スタティックストレッチはケガを予防する、とは今の段階では言い切れません。
ただ、クールダウンとして行う場合は疲労感の改善やケガや障害の予防の効果が認められています。いまのところケガの予防としてストレッチする場合は運動前より運動後、というのが正解と言えそうです。
関節可動範囲の拡大についてはどうやら効果がありそう。
6秒間のスタティックストレッチで5%、30秒間で6%程度の可動域の拡大が見込めそうです。
まとめ
ここまでで分かったことをまとめてみます。
- 運動前にスタティックストレッチを行う場合、60秒以下なら筋出力の低下はほとんど無い
- ただしスタティックストレッチ単体ではだめ。有酸素運動、動的ストレッチ、スポーツ特有のウォームアップと併せて行うこと。
- 行うメリットは関節可動域の拡大。ケガの予防に関しては効果があるか今のところ不明。
筋肉の出力の低下が1~2%、可動域の拡大が5~6%。これをどう捉えるかですかね。
最終的にはアスリートが動きやすいかどうか、競技の種類によってはタイムやポイントなどの数字が良くなるかだと思いますが、柔軟性が必要になる競技なら採用しても良いんじゃないかと。
他の競技でも関節可動域が拡がって悪いことはそうそう無いと思うので、一考の価値はあるんじゃないかと思います。
筆者が論文の中で言っていましたが、1~2%とはいえ筋肉の出力は間違いなく下がるから、最大筋力が重要なスポーツの競技者、特に少しの差が問題になるような高いレベルの競技者の場合は特に慎重に適用してね!だ、そうです。
今までは運動前のスタティックストレッチはダメ!ゼッタイ!でしたが条件によっては有りなのかもしれません。競技の内容やアスリートの状態などなど、状況に併せて柔軟に対応していきたいですね。
参考文献
谷澤 真,飛永 敬志,伊藤 俊一:短時間の静的ストレッチングが柔軟性および筋出力に及ぼす影響 理学療法―臨床・研究・教育 21:51-55,2014.
small K,Mc Naughton L,Matthews M :A systematic review into the efficacy of static stretching as part of a warm-up for the prevention of exercise-related injury..Res Sports Med 2008;16(3):213-31.