お大事にどうぞ。を考える。

「お大事にどうぞ!」

病院や接骨院で帰り際によくする声かけです。
身体に不調を抱えているのだから、あまり小さな事と考えずに身体を労って無理しないでね、という意味です。

この業界に入ったときに先輩から言われたのですが、

「普通のお店はいらっしゃいませ!ありがとうございました!だけど、接骨院に来る患者さんは身体に不調を抱えた状態で来院されるから、いらっしゃいませ、ありがとうございましたは良くない。
ケガしてありがとうは無いだろう?
だから接骨院では、こんにちは!お大事に!なんだ。」

と教わったので、そういうホスピタリティ的な意味もあるかと思います。

お大事にの歴史

お大事にどうぞ、という言葉がいつ頃から使われているのかははっきりとわかっていません。

が、江戸時代に式亭三馬(1776-1822)という浮世絵師が書いた滑稽本、「浮世床」の中に「藤さんお大事になさいましヨ」という言い回しがあるのでこの頃には使われていたのでしょう。


昔は今ほど医療も発展していなかったので、積極的な介入が出来ず、自然治癒に期待して安静にするしかなかった、という事情もあったかもしれません。

ケガの話ではないですが、亡国病と言われ恐れられた結核は、抗生物質を使った治療法が普及した1960年頃までは積極的な介入が行えず、各地にサナトリウムと呼ばれる療養施設をつくり、新鮮な空気、栄養、安静を求めたそうです。

ケガとお大事にの関係

ケガとお大事にの関係において絶対に触れなければいけないことがあります。

それはRICE処置

めちゃくちゃ有名なので聞き覚えのある方も多いかと思います。

  • Rest(安静)
  • Icing(冷却)
  • Compression(圧迫)
  • Elevation(挙上)

この4つの頭文字をとってRICE処置と名付けられました。

1978年にアメリカの医師、Gabe Mirkinさんが”The Sports Medicine Book”という本の中でケガを治すために大事なことはこの4つじゃね??と、発表した処置です。

  • 安静 患部に負担をかけないようにして、
  • 冷却 炎症を抑えるために冷やして、
  • 圧迫 腫れないように抑えて、
  • 挙上 余計な血が回らないよう心臓より上にあげる。

とにかく炎症反応を抑えようという処置です。

これがくっっっっそバズりました。

名前を覚えれば実際にやることも覚えられる処置名の分かりやすさ。
氷やアイスパック、あとはタオルかバンテージがあれば十分という処置に必要なものの少なさ。
処置の内容が良くも悪くも画一的で、処置の効果が施術者の能力に左右され難いことも長所といえるでしょう。

医療従事者育成のための教科書に今でも記載されているものもありますし、学校のほけんだよりでケガをした時の応急処置として紹介されることもあります。

何をしたら良いのかの分かりやすさから医療従事者だけでなく、スポーツ指導者、アスリート達の間にも広く浸透し、RICE処置は実に30年以上に渡りケガの治療のゴールデンスタンダードとして認知されてきました。


初出は不明なのですが、Protection(保護)を加えたPRICE処置という亜種も提唱されました。
RICE処置に加えてサポーターやテーピング等で患部を保護する、というものでこれも炎症反応を抑えることを目的としています。

お大事にしないほうが良い可能性

そんなRICE処置が大定番で、ケガはお大事にするのが当たり前の状況の中に一石が投じられます。

2012年に発表された論文の中で提唱された、POLICE処置です。

  • Protection(保護)
  • Optimal Loading(最適な負荷)
  • Icing(冷却)
  • Compression(圧迫)
  • Elevation(挙上)


Rest(安静)ないなった!

Protection(保護)は、まぁ分かるけど代わりに入ったOptimal Loading(最適な負荷)って何???


この論文によると最初期のごく短期間の安静は必要だが、ごく短期間に留めるべきで必要以上の安静は有害で回復に悪影響があるとまで言っています。
言葉が強い。
適度な負荷は患部のコラーゲン生成や組織の回復に有利であり、ギプス固定よりも早期の回復につながる可能性が高い、と。
もちろん過度な負荷は回復中の組織にストレスがかかり再出血やさらなる損傷につながるため、患部を保護したうえで最適な負荷をかけるリハビリをしていきましょう、という考え方です。

ケガが悪化しない範囲で負荷をかけた方が早く治るってことですね。

また、筆者は同じ論文の中で圧迫に関しての科学的根拠の不足や、臨床家がRICE処置で思考ロックすることの問題点などに言及しています。
患者さんの環境や参加しているスポーツによって最適は変わるから、マッサージやその競技特有の動きを取り入れたり、適宜考えていきましょう、と。


この論文が発表された2年後の2014年、なんとあのRICE処置を提唱したGabe Mirkinさん本人が、

コーチたちは何十年にもわたって私の「RICE」ガイドラインを使用してきましたが、今では、アイスと完全な休息(Rest,安静)の両方が治癒を助けるどころか、遅らせる可能性があるようです。」

と発言したそうです。
とても勇気のある発言だと思います。


そしてついでにアイシングもだめらしい。


RICE処置は、とにかく炎症反応をおさえようという処置でしたが、研究の結果、炎症反応も治癒のために必要な過程なのでアイシングで抑えない方が早く治るかもしれない、ということが分かりました。

これを踏まえて2019年に提唱されたPEACE&LOVE処置にはIcingが無くなり、代わりにAvoid anti-inflammatory modalities(抗炎症剤の使用を避ける)が入ったりしてなかなか面白いのですが、本筋とは外れるのでまた別の機会に。

結局お大事にしない方が良いのか?

1978年にRICE処置が提唱されてから、34年の長きに渡り最適解だと信じ、お大事にしながらアイシングしてきました。
それが2012年のPOLICEでお大事にしない方が良さそうだと分かり、わずか7年後の2019年には更に新しいPEACE&LOVEでアイシングも否定されています。


お大事にしちゃいけないのでしょうか。


現状、少なくとも私たち臨床家はお大事を積極的に勧めるべきではないかもしれません。

ケガ自体の回復も遅くなりそうだし、ケガが治るまでガチガチに固定すると関節が固くなるため回復後のリハビリも大変になります。

適度な負荷をかけることで組織の治癒に必要なタンパク質の生成に有利なことも分かっていますし、安静に伴うギプス固定をしないので筋力の低下や関節の拘縮も最低限に抑えられそうです。

早期からリハビリを開始することにより、日常生活や競技への復帰も短期間ですむかもしれません。
復帰まで短時間ですむということは練習にも早く復帰できるので競技パフォーマンスも落とさずに済みそう。


これだけ好条件が揃っているのに、ケガをした直後を除き、あえてお大事にするのはよっぽどな理由がないと勧められません。

今の臨床においてお大事の優先度はとても低いです。




お大事は悪で、RICE処置は黒歴史なのか。


先に書いたとおり、RICE処置の長所はやるべきことの分かりやすさと誰にでもできる画一性です。

POLICEのOptimal(最適な)、PEACE&LOVEに含まれるEducation(教育)などはとても大切ですがケガをした直後にすぐ判断が必要になることではありません。

必ずしも専門家がいないスポーツの現場やとっさのケガの場合、RICEを知っていることは大きな強みです。

ケガの最初期には今でもお大事は推奨されています。
治療のための処置というよりはケガをした直後に、現場にいる人がとっさにする応急処置としてはいまでも通用すると思います。

お大事にどうぞ

色々と書きましたが、これを書いた理由は、こういう情報を知った上で帰り際に「お大事にどうぞ!」って言うかどうか悩んだからなんです。

今のところ、安静にすることは急性、慢性を問わず症状の改善に不利に働きます。
それなのに患者さんに安静を推奨するような言葉を投げかけるのはいかがなものか。

じゃ帰り際になんて声かける??

「ありがとうございました!」
先輩から教わったこともあり無し。

「さよなら〜」
帰りのホームルームぽくてほっこりするけどなんか違う。

「お気をつけて」
まぁまぁ良いんだけどなんか締まらなくない?


悶々と悩みましたが、いろんな情報を踏まえた上で、
「身体に不調を抱えているのだから、あまり小さな事と考えずに身体を労って無理しないでね!」
という思いを込めて言うようにしました。

お大事にどうぞ!

PRICE needs updating, should we call the POLICE?/C M Bleakley,P Glasgow,D C MacAuley /bjsports-2011-090297/
Soft tissue injuries simply need PEACE & LOVE/ Blaise Dubois and Jean-Francois Esculier /Posted on April 26 2019 by BMJ